Dissertation
Archive / アーカイブ
『POPEYE』誌上の連載をまとめた書籍『My Archive』(マガジンハウス)の刊行を記念して行われたトークショーの内容です。
Category: | Philosophy |
---|
Date: | 2018.05.22 |
---|
Tags: | #archive #brutus #myarchive #popeye #visvim |
---|
トーク参加者
木下孝浩(『POPEYE』元編集長、現職は株式会社ファーストリテイリング執行役員)
井出幸亮(編集者)
中村ヒロキ(visvim)
井出:
みなさん、今日はお集まりいただきありがとうございます。今回の展示は、雑誌『ポパイ』2012年の6月から6年間にわたり続いた中村ヒロキさんの連載『My Archive』の単行本化に併せ、そこで取り上げた品々を中心に公開するものです。この連載は、木下さんが『ポパイ』編集長に就任した際に始まり、また同職を退任された今年の5月号で終了となりました。連載が始まったきっかけはどのようなものだったんでしょうか。
木下:
僕は『ポパイ』をやり始める前は、『ブルータス』編集部にいたんですが、その頃に中村さんと知り合って、〈visvim〉というブランドだけでなく、中村さん自身に対してもとても興味を持ったんですね。それで、自分が『ポパイ』を始める時に、若い読者に向けて中村さんと一緒にできることはないですかと相談させてもらいました。もちろん中村さんの作る服に興味がありましたが、その服が生まれる前の、"素"になる話ができないかと考え、「中村さんが今、興味のあることを知りたい」という話をしたと思います。それを受けて、中村さんから「こういうのはどうでしょう」と提案をいただき、連載が始まりました。
中村:
そうですね。普段、自分がものづくりする上でインスピレーションを得ているものについてお話をしましょう、と。2〜3ヶ月に1回くらいのペースで集まって、ひと品ずつものを用意して、それを眺めながら雑談みたいな感じでトークする。僕にとって楽しい時間でした。今回、こうやって改めてそれらをディスプレイしてみて、「これってこんな感じだったっけ」とか、新たな発見があって楽しかったですね。知っているものも違う角度から見ることができて、新しいパースペクティブを与えてくれるというか。そもそも、こういうものを集める行為自体が、そうした気づきを求めているからなんですよね。
木下:
こうした世界中のさまざまな民芸品、フォークアート的なものを集めて展示している場所に、大阪の「みんぱく(国立民族学博物館)」がありますよね。膨大な数の品があってとても面白い場所ですが、中村さんは行かれたことありますか?
中村:
いや、ないですね。
木下:
連載を始めてから一年間くらい経った頃、中村さんのコレクションの面白さって、やっぱり「みんぱく」にあるものとは違う種類ものだなと気づいたんです。みんぱくに所蔵されているものはもちろん歴史的にも価値があって貴重なものだと思いますが、中村さんのコレクションはとてもパーソナル。世の中において価値のあるものよりも、中村さんが今、興味を持っているものはこういうものなんだよ、というのがとてもよく伝わってくる。「アーカイブ展」というと、すごく稀少なものを集めて公開する、みたいに思われがちかも知れませんが、何だかすごく個人的なものが集まったなという感じがして、それが面白かったですね。
井出:
そうですね。中村さんのコレクションは国や時代が多岐に渡っていて、通常の骨董のカテゴリーでは捉えきれないようなものが多く、一般的に骨董的な価値が認められていないようなものも少なくありません。今回、展示されているもので、日本の古伊万里(江戸時代の有田焼)を模して当時のイギリスで作られた器がありましたね。こういうものは言わば「フェイク」ですから、オリジナルであることに価値を認める一般的な骨董の価値観からすれば、ほとんど価値がないわけですね。
中村:
そうかも知れません。値段も確か6ポンドくらいだったんですよね。
井出:
そうした既成の価値体系にとらわれていないところが、中村さんのコレクションの魅力だと思いますが、ご自身はものを選ぶときにどういった部分を見ているんでしょう。何か基準のようなものはありますか。
中村:
どんな人でも、何かを見た時に「これ、何かいいなあ」と感じる、自分の"フィルター"に引っかかることがあると思うんです。みんなそれぞれ違うフィルターを持っているはずで。それは多くの人が集めているからとか、高額なものだから良いと感じるということではない。では、何が自分の中で引っかかっているのか。それを考えていくことが、新しいものを作るときのヒントになります。これらのものが作られた際にもおそらくきっと、何かインスピレーションのようなものが存在したわけですよね。それを自分なりに想像してみるんです。例えば、魚が描いてある器を見たら、「これは何の魚をみて描いたんだろう?」とかね。それで、こうやってものを集めて、考えることで自分のフィルターを活発にしていくんです。
井出:
中村さんのコレクションは、手仕事で作られたものや天然染色など、自然に近い伝統的な技法で作られたものが多いのですが、必ずしもそうしたものばかりでもないですよね。この中には機械で作られたものもたくさんあるし、車やバイクまである。それはやはり、「手工芸のものを集めよう」などと最初から考えているわけではないということですね。
中村:
そうですね、自分のフィルターに引っかかるものを探していったら、結果的に手工芸とか天然染色とかのものが多くなったというだけで。これらも最初はどういう来歴のものか知らなかったですからね。何でこれは良いと感じるんだろう?と思って調べて行ったら、それが天然染色だった、と。そういう"情報"は後から付いてきたものなんですね。だから、「伝統的な技術を残すためにものづくりしているのか」とか「環境保護のために自然に近い技法で作っているのか」と訊かれたりすることがよくあるんですが、僕はそういう風に考えたことがなくて。とにかく長く残っていくもの、人の心に残るものを作りたいなと思っているので、まず自分の心に刺さるものは何かを考えて、そのインスピレーションからものづくりをしていきたいんですね。
木下:
おそらくここに展示されてあるものを作った当時の人たちも、環境保護のために天然染色をしていたわけではないですもんね。だけど、そこに並べられたネイティブ・アメリカンのモカシンなんかを見ていると、昔の人たちが日常の道具にこんなに細かい細工を施していたというのが、不思議に思えてきます。昔の人の美意識がすごく高かったのか、どうなのか。中村さんは、こういうものがなぜ作られたと思いますか?
中村:
うーん、そこをずっと掘り下げていくと、やっぱり「アテンションが欲しい」ということなのかなと。例えば、今回、ネイティブ・アメリカンの人たちが作ったコンチョを展示したスペースを作りましたが、これはもともとヨーロッパの人々とネイティブ・アメリカンとの間で交易が行われるようになってから、ヨーロッパから持ち込まれた箱などにリベットが付いているのを見たネイティブの人々が、自分たちのメディスンバッグなどに付け始めたりしたものだろうと思います。そこにはやっぱり「着飾りたい」とか、「人と違うものを身につけて、仲間からのアテンションが欲しい」とかいう素直な気持ちがあって、その根底にはやっぱり「愛されたい」という願いがあったんじゃないでしょうか。
井出:
なるほど。ただ、「愛されたい」という気持ちは、現代の人も昔の人も変わらず持っていると思うんですよね。であれば、なぜこうした古いものが美しく感じるんでしょう。
中村:
きっとそうした部分は、古いものだけじゃなくて、現代のものにもあると思うんですよね。ただ、古いものはアーカイブとして時間の積み重ねがあって、数も多いですから。また現代のものよりも選択肢は広い。あと、古いものの多くは現代に比べてコマーシャルなものづくりではないので、「誰かに見てもらいたい」とか「モテたい」とかいうメッセージがダイレクトですよね。ファッションショーが行われて、今年のトレンドはこうで......みたいな人工的なバイアスがない。そうしたシンプルなメッセージほど、クリアで強いと思うんです。コマーシャルという面では、もちろん僕らもプロダクトを作って売っているので、ビジネスではあるんですけども、僕はやっぱり最初に何をやりたいか、何を作りたいかということがあって、先にビジネスがあるのではないんですね。ものづくりに繋がるインスピレーションがあり、美しいもの、長く残るものを作りたいという思いがあって、それを実現するために、どうビジネスに結びつけるかという風に考える。その過程を逆にして、ビジネスを真っ先に考えて、それに見合ったものを作っていく、という順番で考えてしまうと、生み出されるものが変わってしまいます。だから、本当に自分が着たいとか、素敵だなとかいう思い、パーソナルな感情を、マーケットに接続していくことが大切だと思っています。そのあたり、木下さんはどう考えていらっしゃいますか。
木下:
僕もその話は大賛成ですね。やっぱり最初に自分たちの目的が何なのかっていうところが、すごく重要な気がして。中村さんだったら、自分がいいと思う服を人に伝えたいとか、僕だったら面白い雑誌を読んでもらいたいっていう思いがあって、仕事をしてきた。とにかくたくさん売りたいとか、お金儲けをしたいとかという考え方とは違う出発点から始まっていると思うんですよね。ただそれを成立させるためには、ビジネスとしてどうすべきかということも同時に考えないといけない。それは今の世の中の仕組みの中では大事なことなんですけど、やっぱり初期衝動みたいなところを忘れないでやるってことがすごく重要なんだなという気がしていて。そういう部分が、僕が中村さんが作っているものや考えていることに共感するところ、好きなところなんですよね。
文、編集: 井出幸亮
木下孝浩
『POPEYE』元編集長。1968年生まれ。『BRUTUS』副編集長兼ファッションチーフを経て、2012年より『POPEYE』編集長へ。同職は2018年3月をもって退任。2018年5月に株式会社ファーストリテイリングの執行役員に就任。
井出幸亮
編集者。1975年生まれ。旅行誌『PAPERSKY』副編集長を経てフリーランスに。雑誌『BRUTUS』『POPEYE』『翼の王国』ほか、ムック、書籍、webその他で編集・執筆活動中。『My Archive』では連載当初から編集を担当。