Dissertation
Hand Sewing / 手縫い
ゆったりとした自然な丸みのある形。着る人の体に沿った柔らかなライン。テーラージャケットを作ろうと思った最初のインスピレーションは、子供の頃に見た父や祖父が着ていたジャケットの記憶。正にその人のためだけのジャケットいう感じがして素敵だなと思って見ていた。
Category: | Processing |
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Date: | 2021.06.29 |
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Tags: | #handsewing #visvim #手縫い |
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ゆったりとした自然な丸みのある形。着る人の体に沿った柔らかなライン。テーラージャケットを作ろうと思った最初のインスピレーションは、子供の頃に見た父や祖父が着ていたジャケットの記憶。正にその人のためだけのジャケットいう感じがして素敵だなと思って見ていた。
自分で服をデザインするようになって、当時のジャケットの作りを調べてみると、特に気になって見ていた、丸みのある形の肩まわりは手で縫われたものだったということがわかった。テーラーでオーダーメイドで仕立てたジャケットであっても、ミシンで縫われたものでは、その見た目とは大きく違っていた。
着る人の体に合わせて、生地に余計なテンションをかけることなく、柔らかく丁寧に手で縫い合わされることで生まれる自然なフォルム。
自分も、その人だけの特別なテーラードジャケットを作ってみたい。
イメージしたのは、50年代に見られたような大きめなショルダーのジャケットに、30〜40年代のハイウエストサスペンダーパンツを合わせたセットアップ。
そして、生地はラグジュアリーな感じになりすぎないようウールにリネンを混ぜたものを使う。適度な光沢と枯れたようなドライなタッチを持たせよう。
頭の中にあるイメージを形にするために、まず始めたのは、手縫いでジャケットを仕立てられる職人さんを探すこと。
辿り着いたのは創業70年以上の老舗テーラー。現在は創業者のお孫さんである3代目のご兄弟が切り盛りされている。創業当時から手縫いの着心地のよさに拘り、いまでも既制服は扱わず、いわゆるオーダーの洋服店として営業を続けている。
驚くのは襟、肩、袖という主要な部分だけを手縫いで仕立てるのではなく、ボタンホール、ベルトループなどの細かな装飾や、縫製をするために必要な縫い代端の処理もすべて手縫いであるということ。
これまで、世界中でたくさんのテーラーの仕事を見てきたが、ここまで全てを手縫いで仕立てているというのは、他に聞いたことがない。
その着心地のよさは、余計なものが使われていないからこそ生まれるもの。ミシンで縫う場合は、仕事がしやすいように生地を固定するテープを入れることがほとんど。これが生地の動きを止めてゴワつく原因になる。もう一つの特徴は縫い目の柔らかさ。丈夫さはもちろん確保しながら、糸を締めすぎないように一針一針丁寧に縫い合わせる手仕事ならではの力加減が、着心地にも見た目にも優美な柔らかさを与えてくれる。
通常は、パターン通りに仕立てるというような仕事は受けない職人さんに依頼したのは、テーラーの考えではあり得ない、和服のように肩線を後ろに入れた(背面側に落とした)ドロップショルダーのジャケット。当然、はじめは受け入れてもらえませんでしたが、なんとか理解していただき形になった今では、肩の形に沿って自然と落ちる柔らかなラインをとても気に入ってくれています。
「着やすさや見た目の良さに拘って、いまでも日々研究を続けているんです。ウールなのにストレッチするような、最新の生地がもたらす着心地の良さではなくて、裁断や成形、縫製の技でよりよいものを作る。そういう技術がすごく面白い。お客さんにはわからないかもしれないような、僅かな違いに拘ってモノを作ってる。もう趣味みたいなものですね。ただ楽しいから続けているんですよ」
「手縫い」に拘る理由は?という問いに、技術的なことではなくて、ただ「楽しいから」と答えるような職人さんがまだいることがとてもうれしい。そういう職人さんの技が繋がっていくことを切に願っている。
写真: 深水敬介