Dissertation
Spinning / 紡績
自分が素敵だと感じるものの魅力に、どうやったら近づけるのか。ただ外見だけをそれらしく似せることはできても、それは本物のフィーリングとは異なるものだと思います。表面的な部分ではない、内側から滲み出てくる魅力を追求していった結果、生地の素材である糸作りに行き着きました。
Category: | Processing |
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Date: | 2023.12.26 |
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Tags: | #spinning #ss24 #visvim #紡績 |
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内側から滲み出る魅力を求めて、糸から作る。
衣類の生地がもつ独特の風合いや手触りは織りや編みの構造によってさまざまに変化するが、その最も"根本"の部分と言えるのが、それらを構成する「糸」。この一本の糸を作るにも、素材の種類、繊維の長さや太さ、撚り方など無限とも言える選択肢と長く複雑な製造工程がある。
そのため衣服の生産の工程では、紡績を担う会社があらかじめ企画し製品化された糸の中から選び使用するのが一般的だが、〈visvim〉では多くのプロダクトにおいて、それ以前の「糸を作る」段階から深く関わり、オリジナルの糸作りを行っている。その理由について、クリエイティブディレクター中村ヒロキは「ゼロから作らないと、本物のフィーリングが出てこないから」と語る。
「自分が素敵だと感じるものの魅力に、どうやったら近づけるのか。ただ外見だけをそれらしく似せることはできても、それは本物のフィーリングとは異なるものだと思います。フィーリングは見たり触ったりして五感で感じるもので、画面上で写真を見ているだけではわからない。表面的な部分ではない、内側から滲み出てくる魅力を追求していった結果、生地の素材である糸作りに行き着きました」
こうした糸作りに欠かせないパートナーとしてその業務を担うのが、大阪で1918年から紡績業を営む「大正紡績」。同社の工場がある泉州地域はかつて繊維産業が盛んで多数の紡績工場が存在したが、生産拠点が人件費の安い海外へ移転し、今では数えるほどしか残っていない。国内の他地域の紡績工場も次々と閉鎖していく状況の中で、大正紡績は小ロット・多品種生産にこだわり、非効率でもじっくり丁寧な綿糸作りを続けている希少な存在だ。
一口に「コットン(綿)」と呼ばれる素材にも、驚くほど多様な種類がある。「世界で最も多種の綿を扱っている」と胸を張るのは、同社製造部の「コットンマイスター」森田幸浩さん。「世界のコットンの生産量の1〜2%程度しかない超長繊維綿(繊維の長さが平均35mm以上の綿)も、オーガニックで4綿種、その他で5綿種を取り揃えています。代表的な超長繊維綿であるインドのスビンゴールド、アメリカのスーピマ、エジプトのギザを比べるとそれぞれ繊維の長さや太さ、色も違う。また同じ綿種でも、収穫された年ごとに気候条件によって微妙に品質が違ってくるので、我々は自ら原産地へ赴いて原料を触り、見極めた上で取り扱っています」
綿糸の製造にも多数の工程が必要となる。不純物の除去から始まり、ロープ状にして引き伸ばす作業を繰り返し、撚りをかけ糸にして品質のチェックを行う。同社の綿糸づくりにおいて特に重要な存在が、1953年に石川製作所で製造されたリング精紡機、通称「石川台」だ。綿に強いストレスを与えず糸を紡ぐ石川台は最新の精紡機に比べて生産性は3分の1しかないが、自然なムラによる「ゆらぎ」が手紡ぎの糸のような風合いを生み出す。均質でないという特性をあえて活かし、魅力として打ち出している。古い機械は当然のごとく手がかかるが、これでしか出せない"味"がある。こうした糸の仕上がりの品質チェックはコンピューターだけに頼るのではなく、職人の目視と触覚による感覚的な判断が欠かせない。
「あらゆるコットンにそれぞれの個性があります。希少なものや高価なものはありますが、それらを含めてすべてが『良いコットン』なんです。しっとりと柔らかく仕上げるのか、ドライで硬めに仕上げるのか。どのような質感を求めるかというヴィジョンに応じて綿の種類や撚りなど無数の要素を調整し、イメージを近づけていく。その繊細な感覚を理解してくださるお客さんがいて初めて、私たちの商売は成り立つんです」
文:井出幸亮
写真、動画:深水敬介
動画編集:cubism
アルティメイトピマの糸
SS24コレクションの多くで使用しているオリジナル開発の糸。原材料のアルティメイトピマは、アメリカで有機栽培されている綿花で「シーアイランド」種と同種。超長綿の中でも繊維長が長く、強さも持った品質の高い綿花。他品種の綿花に比べ栽培期間が一ヶ月ほど長い上、作付面積あたりの収穫高が低く希少とされる。
この糸で織り上げる生地に求めるのは、「しっとり」と「柔らかい」という上品さではなく、「ドライ」で「しっかり」とした風合い。製品のデザインに合わせて糸の撚りや番手(糸の太さを表す単位)の適した組み合わせを考える。
チノクロス
経糸、緯糸ともにアルティメイトピマ100%の糸を使用した綾織素材。大正紡績ならではの古い精紡機で紡績した糸は自然なムラ感があり、織り上がった素材は1950年代以前のミリタリー生地のような不均一な表情を持つ。使用するほどに肌に馴染み原綿の上質さが感じられる。
モールスキン
経糸、緯糸ともにアルティメイトピマ100%の糸を使用した朱子織素材。高密度に織り上げることでドライでタフな風合いを持ちながらもソフトな肌触り。
ツイルクロス
経糸、緯糸ともにアルティメイトピマ100%の糸を使用。チノクロスに比べて細番手で高密度に織り上げた綾織素材。1940年代のミリタリー生地を分析し複数回の試作を経て糸の撚り、番手を調整。アウターウェア、パンツどちらにも適したウエイト、タフさを持つ。