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Handle operated sewing machine / ハンドルミシン

一般的な「本縫い」用のミシンは生地を同一方向に送り続ける構造だが、ハンドルミシンは布を押さえる「枠」をハンドル操作により360度方向に動かすことで、自在に絵柄を描くことができる。現代ではデジタル制御により縫い目や押さえ圧の設定を調節し、均質な縫製ができるコンピューターミシンが普及しているが、ハンドルミシンでは製作者が自らの手を動かして縫い進めるため、ステッチのラインには一つひとつ異なる、微妙な揺れや歪みが生じる。

Category:Processing
Date:2024.08.06
Tags: #haandleoperatedsewingmachine #visvim #ハンドルミシン

英語では「チェーンステッチ」、日本語では「環(かん)縫い」と呼ばれる縫製技法は、かぎ針を使って縫う糸のループが連なることで、文字通り「鎖」状の縫い目を形成するもの。中でも2本の糸を使い、上糸を下糸に通して結合させる「二重環縫い(ダブルロック)」はより強度が高く、現代では193070年代ごろまでのヴィンテージ・デニムの裾などの縫製に採用されていることで知られるが、チェーンステッチは本来、刺繍など完成した布地の表面装飾として発展してきた歴史があり、古くは紀元前の中国で絹糸のチェーンステッチで縫われた刺繍が発見されているという。

縫い目を横に重ねていくことで広い面を埋めることもでき、多彩な表現が可能なチェーンステッチは、シャツやジャケット、ユニフォームやワッペンなどに個人名やチーム名、ロゴマークなどを刺繍する手法として用いられ、'2050年代ごろのアメリカではオーダーメイドの注文を受けて制作する業者が多く存在した。そうした現場では、縫うことで柄を「描く」ことができる「ハンドルミシン」が使用された。

一般的な「本縫い」用のミシンは生地を同一方向に送り続ける構造だが、ハンドルミシンは布を押さえる「枠」をハンドル操作により360度方向に動かすことで、自在に絵柄を描くことができる。現代ではデジタル制御により縫い目や押さえ圧の設定を調節し、均質な縫製ができるコンピューターミシンが普及しているが、ハンドルミシンでは製作者が自らの手を動かして縫い進めるため、ステッチのラインには一つひとつ異なる、微妙な揺れや歪みが生じる。

このハンドルミシンを駆使して刺繍を行っているのが、広島県・尾道市向島にアトリエを構える井出雄士さん。群馬県出身で、オーストラリアやヨーロッパの国々で約7年間暮した後、「服作りを学びたい」とデニムや帆布の生産で知られる瀬戸内に移住。修行を経て独立し、仕事を始めた。元は喫茶店だったというアトリエの窓からは、瀬戸内海の島々の美しい風景が見える。

「ある日、たまたまインスタグラムで古いハンドルミシンを使って刺繍をしているアメリカ人の方を発見して、こんな技法があったのかと驚いて。今ではアメリカでもなかなか見つからないのですが、〈Singer〉のハンドルミシンを探し出して購入し、取り寄せました」

中量生産の刺繍の需要が少なかった日本ではハンドルミシンは普及していなかったため、その機械に触れた経験を持つ人はほとんどいないという。

「長年、縫製に関わっている地元のプロの方々でも、このミシンの組み立てや使い方、メンテナンスがわからない。色々な方に教えを請い、ネットの情報などを調べて何とか自己流で使えるようになりました」

ミシン下部に設置されたハンドルを握り、少しずつ動かしながら、「一筆書き」で描くように丁寧に縫い進めていく。一般的なミシンで想像される針の高速の動きとはまったく異なり、カタ、カタ、と音を立ててゆっくり針を上下させていく様は、どこか人間らしさを感じさせる。隙間が空きすぎないようラインを重ね、大きくずれた場合には糸を解いて再び縫い直す。時間だけでなく集中力も大いに必要とする作業だ。

(left to right)0124205013025 RUDY SB BLOUSON,0124205007002 SOCIAL SCULPTURE SHIRT CRASH,0124205013010 COACH DOWN JKT

「僕が持っているヴィンテージのアーカイブを見ても、ほとんどがチェーンステッチの刺繍ですが、現代ではハンドルミシンで生産できるワークショップはほとんど見当たらなかった。そんなときに、日本で若い方がハンドルミシンを手に入れて取り組んでいると知り、お願いすることにしました」と〈visvim〉クリエイティブディレクター中村ヒロキは語る。

「人の手から生まれるゆらぎや強弱に魅力を感じて、これまで手縫いの刺繍にも取り組んできましたが、ハンドルミシンはより多数の生産が可能でありながら、手縫いともまた異なる手仕事の感覚が感じられるところが面白い。もちろん『手のゆらぎ』をデータ化して、現代のコンピュータミシンで短期間で量産することは可能ですが、それではすべて同じものしか作れません。そうではなく、やはり一つずつ時間をかけて作ることでしか辿り着けない、オリジナルな個性を大切にしたい。縫い手の絵心や思いが感じられる仕事が素敵だなと感じています」。

文:井出幸亮

写真、動画:深水敬介

動画編集:cubism